「ただいま戻りましたー」

「ああ、ガーネットたちか。おかえり…っ!?」

ファルコン号へと戻った際、一番手前にいたフリオニールに声をかけると、彼は「り」を僅かに裏返らせながら私を見て目を見開く。そんな表情になることは薄々予想できていたため、私や同じく探索に行っていたガーネットとロックは苦笑い。

それもそのはずで、探索に行く前の私は髪を結っていたにも関わらず、先程の戦いでエアロが髪に当たってザックリと切られてしまった。身体自体に傷がないことが救いだが、皆のところに戻ったら驚かれるだろうねと二人と話しながらここまで来たのだ。

「…誰か散髪が得意なやつはいたか?」

「うーん…、誰だろう」

本来ここには戦いのために集められた戦士ばかりだ。それ以外に踊りを踊ったり楽器を演奏する特技がある人は知っているけれど、髪を切るのが得意な人といえば思いつくことができない。私達がそろって首を傾げ唸っていると、横から視線を感じた。

そこにいたのはジャックだった。普段笑顔を余すことなく振りまき、間延びして明るい彼が想像もつかないほどの真顔になっていることに、私の喉がヒュッと鳴る。

ただ、それも一瞬でパッと表情を変えたかと思うと、私達のもとへ駆け足でやってきた。

「えぇ〜〜!!?ナマエちゃんどうしたの?イメチェン〜?」

「…え。えっと、これは」

「魔物にちょいとばかりやられたんだよ」

「なるほどね〜。きれいな髪だったのに〜」

「なあ、ジャックは誰か散髪できそうなやつを知らないか?」

「うーん、分かんないけどちょっとできそうな人いるかも〜!」

その言葉を聞いて少しホッとした。これでこのパッツンになった髪とおさらば出来る。ジャックにその人の名前を聞こうと思ったけれど、それより先に何故かジャックに腕を掴まれてしまう。「じゃあ行ってくるね〜」と他3人に手を振りながら私はジャックに連れて行かれる。

頭に疑問符しか出てこなかった。わざわざジャックが一緒に探してくれるなんてそんな苦労かけるつもりは無かったのに。それに、少し掴まれている腕が痛い。雰囲気も私がさっき感じたものと似ているようになってしまったし。

「ね、ねえジャック」

「ナマエちゃん」

声をかけようとしたら反対にかぶせ気味に名前を言われる。あまりに普段とかけ離れた声音で無意識に肩が震えた。それを見たジャックは力なくふにゃりと笑って謝る。

「怖がらせてごめんね〜。ちょっと怒ってたからつい」

「うん…。なんかそんな気はした」

確かに怒っている…というより雰囲気が違うことは感じていたけれど、それの原因は今ひとつピンと来なかった。どうしてなのか尋ねるとジャックは不意に私の方に手を伸ばす。切られた髪と平行に手を当て、指先が首に当たりそうで少しヒヤリとした。

「髪が切られたってことは〜、あと少しで首までスッパリだったてわけでしょ?」

「まあ…そうだね」

「ナマエちゃん敵に突っ込むタイプだから仕方ないとは僕も思ったんだけどさ、すっっごくやなんだよね〜」

「いやって、何が?」

「ナマエちゃんが無茶すること」

私は短剣で戦うし、魔法は使えないからどうしても敵の懐まで突っ込んでいく形になる。それは今までそう戦ってきたし、今更変えるつもりはない。ましてジャックはこんな性格だけど戦闘のプロと言っていいはず。それなのに理解が得られなかったことに少し腹を立てそうになった。

「傷つくことはしょうがないよ。私は、そうじゃないとみんなと戦えないから。」

「うんうん。知ってる」

「なら…!」

「でもねナマエちゃん。僕、ナマエちゃんに生きててほしいんだよ」

ジャックは少し泣きそうな顔で私の手を取る。そんな顔されたら、そんな事言われたら先程までの怒りのゲージがどんどんと下がっていく心地になる。ジャックは既に亡くなってるということはここに来て戦いの中で知った。だから死ぬことの怖さを身をもって体験している。

私は、そんな人に対して自分の命を軽く見ているような感情を出していたのか。

「…ごめん」

「僕こそごめんね、ちょっときつく言っちゃった」

「ううん。すごい嬉しかったよ」

「そう?惚れちゃう〜?」

「うーん、惚れちゃうかも」

なんてね〜と言いながら歩き始めると、隣にいるはずの人がいないことに気がつく。後ろを見てみると、そこには耳まで顔を真っ赤にさせたジャックが立っていた。辛うじて笑顔は保っているけれど、目が泳いでいる。

「…はは、ごめん。冗談ってわかってるんだけどね」

「ジャック…?」

「わ〜!そんな見つめないで、照れるじゃんか〜」

ほらもう行くよと私の手を掴みぐんぐんと先に進む彼の後ろを見つめながら、私は彼の反応について考えていた。

軽薄そうに見えるけれど、見えていたからこそ他人の事にここまで敏感になるとは思わなかった。それに怒ってる顔だったり、悲しそうなものや照れてる所も、ニコニコとした表情ばかりだけではなくて色々なジャックを発見することができて、私の中で何かが芽生え始める。本気で私を案じてくれたことも少しだけ心臓がぎゅうと締め付けられるような、そんな感じがした。

「…」

「ん?どしたの〜?」

「ううん、何でもない」

掴まれた手を改めて見たが、微塵も嫌だとは思わなかった。無意識にだけど、ジャックに惹かれ始めている私が確かにいた。手を強く握り返し、隣に並ぶ。ジャックは僅かに目を見開いたが、今までの笑顔とまた違った柔らかい顔をのぞかせる。

「そういえば誰が散髪できそうなの?」

「ん〜と、実は知らない」

「え?」

じゃあどうしてと思ったけれど、その理由はすぐに大体分かった。ジャックが私に忠告するためにわざわざ連れ出したのだろう。一人なるほどと頷いていると、心を読んだかのようにジャックは「怒ってたのもあるけどさ〜」と言いながら少し腕を曲げて繋いでいる手を胸の位置まで掲げる。

「ナマエちゃんと2人になりたかったのが一番かな」


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